最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)1162号 判決 1963年1月18日
主文
原判決を破棄する。
本件を仙台高等裁判に差し戻す。
理由
上告代理人黒江清の上告理由について。
原判決は、被控訴人(被上告人)は、昭和二八年九月下旬頃控訴人(上告人)から金六万円を利息三ケ月につき一万円、弁済期同年一一月二五日と定めて借り受け、右債務の担保として被控訴人所有の原判決別紙目録(一)記載の山林の所有権を控訴人に移転し、被控訴人が右弁済期までに債務を弁済したときにはその返還を受け、右期日までに債務を弁済しなかつたときは、控訴人において右物件を債務の弁済に代え、被控訴人は右担保物件の返還を請求することができない旨を約し、その後同年一二月一五日弁済期を昭和二九年二月二〇日に延期するとともに増担保として被控訴人所有の原判決別紙目録(二)ないし(六)記載の原野外原野一筆の所有権を控訴人に移転し、さきに提供した担保物件と一括して前同様の約定をなしたこと、被控訴人は弁済期に債務の弁済をしなかつたので、控訴人は同年二月二二日付書面をもつて被控訴人に対し右債務の弁済に代え、本件不動産の所有権を確定的に取得すべき旨の通知をなしたこと、右不動産は当時六〇万円を下らない価格を有していたが、控訴人は、被控訴人の経済的困窮に乗じ、右貸金元金六万円および昭和二九年二月二〇までの約定利息約一万七〇〇〇円の債務のためにその約八倍の価格を有する右不動産の所有権を失わせる被控訴人に著しく不利益な前記契約を締結するに至つたものであるから、前記契約は公序良俗に反し無効であり、従つて、控訴人は、右不動産につき経由した本件所有権取得登記の抹消登記手続をなすべき義務がある旨判示したものであること判文上明らかである。
論旨は、右譲渡担保契約は無効と解すべきものではなく、債務の弁済期限を過ぎた場合は、担保権者は本件不動産を競売して売得金を弁済に充てる権利を有するにすぎないものである、と主張するので考えると、前示事情の下において前記債務の支払に代えて本件不動産の所有権を債権者に取得せしめる旨を約定することは公序良俗に反すること判示のとおりであるとしても、その無効となるべきものは、本件不動産による代物弁済の約定のみであつて、それがために本件譲渡担保契約全部を無効とし、全然無担保の貸借とすることは寧ろ当事者の意思に副わざるものであるやも知れず、当事者としては、全然無担保の貸借となるよりは、少くとも担保物件を他に売却して、売得金中より本件債務の弁済を受けるというが如き方法によつても本件譲渡担保契約を有効として維持せんとする意思がないとは断言し難いのであり、かかるいわゆる弱い譲渡担保の効力まで否定することは却つて当事者の意思に反する結果となる場合なしとしないのである。原審としては本件譲渡担保の趣旨を釈明し更に審理を尽すべきであるに拘らず、この点につき判断を加えることなく、前示の理由のみで直ちに控訴人に対し本件所有権移転登記の抹消登記手続を命じた原判決は破棄を免れない。本件は、なお叙上の点につき審理判断を要するので、本件を原審に差戻すべきである。
よつて、民訴四〇七条により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介)